鉄かす、海に息吹

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鉄をつくる過程で生まれる副産物の「スラグ」は残りかすとも言われ、厄介者と思われがちだ。

 

そのスラグを使った海底土が日本各地の海を次々と生き返らせている。

 

立役者が新日鉄住金の木曽英滋(47)だ。

 

バブル経済の崩壊で配属された部署でスラグの用途開発を命じられた。

 

今や全国50カ所以上の海で海藻などが集まる場を生んでいる。

 

 

 

昨年12月、木曽は瀬戸内海の上にいた。

波に揺れる漁船から厳しい表情でダイバーを見つめる。

兵庫県沖で昨夏始めた実証実験の経過調査に立ち会っていた。

 

実験は木曽らの取り組みを聞きつけた地元の漁協から「魚が採れなくなった海をなんとかしてほしい」との依頼で始まった。

スラグでつくった1万立方メートルの土とブロックで海底を上げ、日光が底まで届くようにする。

海草などの生育が良くなり、魚も集まる。

 

スラグは鉄鉱石を溶かしたり精錬したりした際に出る。

鉄1トン当たり約400キログラム発生し、粉々にしてセメントの原料や道路の路盤材などに使われてきた。

 

木曽らが中心となり、3つが海中で形になっている。

 

1つ目は間伐材を発酵させたもとの混ぜ、ヤシの繊維で編んだ袋に詰める「ビバリーユニット」だ。

スラグ中の鉄分が溶け出し、海藻類の成長を促す。

 

2つ目はスラグを砕いた人工石やブロックで、コンクリートよりも生物が付きやすい。

 

3つ目は海底のヘドロ状の泥にスラグを3割程度混ぜた「カルシア改質土」だ。

カルシウムが泥の成分と反応して固まり、水の濁りや赤潮を抑える。

 

 

 

木曽はスラグとは縁もゆかりもなかった。

大学で鋼構造物の土木への利用法を研究し、入社後は土木工事用のくいなどを開発した。

 

社内の設備を設計・製造する部門に所属していた時に転機が訪れた。

バブル崩壊で当時の新日本製鉄も設備投資を急激に絞らざるを得なくなり、「社内失業状態」に。

スラグの用途を開発するチームへの移動を命じられて口から出たのは「えっ、鉄鋼スラグって何ですか?」。

 

処理するスラグの量をさばけなくなり、新たな使い道の開発が急務になっていた。

3人のメンバーとの話で出てきた発想の1つが、「陸が駄目なら海がある」だった。

 

だが前例がなかった。

本当に使えるのか、利点はあるのか、どう使うのか、すべてが白紙だった。

鉄分を染み出させたり、海の底上げに使ったり。

実験方法を考えて実証する日々が3年続いた。

 

2004年10月、北海道の増毛町沖で最初の実験をした。

町は海藻が生えなくなる「磯焼け」に悩んでおり、森林からの鉄分供給の減少が一因と考えられた。

そこで海岸線に26メートルの幅でスラグを埋め、鉄分が少しずつ溶け出すようにした。

 

 

 

8か月後に現場を訪れた木曽は驚く。

昆布が生い茂っていたのだ。

単位面積当たりの昆布生育量はスラグのない場所の100倍以上。

不安は吹っ飛び、「これを広めないと」との使命感が湧き上がった。

 

伝道師として目覚めたが、一筋縄ではいかなかった。

「俺の所の海に使って本当に安全か」。

漁業関係者に何度も言われた。

木曽は不安を払拭してもらうために会社に働きかけた。

 

千葉県富津市にある中央研究所「REセンター」に「チャプン、チャプン」と波の音が響く部屋がある。

長さ6メートルの水槽を2つ並べ、2011年から比較実験をしている。

 

日照や潮の干満など実際の海と同じ環境を再現。

1つの水槽は通常の海底の泥、もう1つの水槽はスラグを混ぜた改質土を敷き詰め、それぞれにアサリと海草のアマモが生育している。

違いはアマモで一目瞭然だ。

改質土の方は水が濁っておらず、光合成が活発でよく育つ。

「生き物なので時間がかかる。丁寧に納得してもらう」と焦りはない。

 

「大学の先生から漁師まで仕事で付き合っているのは、会社では私ぐらい」と木曽は笑う。

今後はさらに用途を広げる考えだ。

「日本の海の食料問題を鉄鋼スラグで解決する」。

鉄鋼マンの意識がのぞいた。

【深尾幸生】

 

 

 

日経産業新聞より

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