地方路線バス会社復活の秘密

 

地方路線バス会社として、全国で初めてお客さまの減少をストップさせ、増収増益をかなえた十勝バス。

お客さまの自宅を一軒一軒直接訪問、路線バスを利用して観光地をまわるバスパック商品の開発など、それまでの地方路線バス会社の常識を打ち破る施策を多数実施した。

 

 

 

お客さまの不安を解消することに努めた結果、増収増益を実現する。

見事な復活劇の裏にあったお客さま満足度を高めるための地道な取り組み、野村文吾社長の想いに迫った。

 

 

▼多額の負債を抱える赤字会社が生まれ変わったターニングポイント

 

井上:野村さんは、多額の負債を抱えていた十勝バスをお父さまの代から引き継ぎ、お客さまの減少からの脱却をかなえるさまざまな施策によって、会社復活の立役者となりました。

これまで十勝バスはどのような変遷をたどってきたのですか。

 

野村:十勝バスは大正15年(1926年)に創業しました。

帯広市内をはじめ、十勝方面で路線バス、貸切観光バス、スクールバスや福祉ハイヤー事業などを展開しています。

利用者数のピークは昭和44年の2,300万人。

現在の利用者数は400万人です。

利用者数は5分の1以下に減少しています。

 

私が入社した1998年当時、十勝バスは40億円もの負債を抱える危機的な状況の会社でした。

1900年から徹底した合理化を行い、資産の売却や人件費削減に取り組むことで、会社をなんとか存続させている状態でした。

 

社長になって10年が過ぎた頃、人件費の削減にも限界が見え、営業を強化する施策に打って出たことをきっかけに、会社の状態が好転し始めます。

地域のお客さまの自宅へ直接訪問し、挨拶をするとともに、お客さまの声を直接聞いてまわったのです。

そこで得た意見をもとに、サービスの改善に取り組みました。

それまでのバス会社の常識は捨て、お客さまのニーズを確実につかむことで、着実に売り上げを伸ばしていきました。

 

井上:40億円もの負債があったにもかかわらず、会社を継ごうと決心したのはどうしてですか。

 

野村:当初、父からは「会社をたたむことにした」という報告を受けていました。

一度は了承したのですが、思い直し、私に社長をやらせてほしいと頼みに行きました。

 

それまで、父からは会社を継いでほしいと言われたことは一度もありませんでした。

自分の力を信じて自分で道を切り拓いていけと言われて育ったので、いつも自分の好きなように生きていたように思います。

しかし、そうやって好きなことをしてこられたのも、十勝バスがあったからこそ。

地域の皆さんが十勝バスを利用してくれたおかげなんです。

このことに気付いたとき、誰もやらないなら私がやるしかないという想いが湧いてきました。

地域の皆さまに恩返しをしたいという気持ちが強かったですね。

 

 

▼お客さまとの信頼関係を結び直す地道な訪問活動から改革が始まる

 

井上:地域の皆さまのためという気持ちが強かったからこそ、成し遂げられた会社の復活だと言えそうですね。

具体的にはどのような施策を行ったのですか?

 

野村:徹底的な合理化が進められ、人件費の6割をカットしていたので、それ以上の削減は難しい状態にまで追い込まれていました。

2006年、急激な原油高 騰によって経営がさらに圧迫されたことをきっかけに、翌年の2007年から地域の皆さまのもとへ直接足を運ぶスタイルで営業活動を始めました。

それまでの十勝バスは、40年間毎年乗客数が減り続け、一度も増えたことがありませんでした。

そのような背景がありましたので、営業活動を始めた当時は、社内には無駄な努力だという雰囲気が漂っていました。

 

営業活動は、ひとつの停留所から半径200メートルの範囲に限定して始めました。

その停留所付近の民家を一軒一軒訪問し、意見を聞きました。

バスを利用しなくなったのは、地域の皆さまとバス会社との間の信頼関係が弱まってしまったからです。

たわいもない会話だとしても、直接相手の顔を見て話すことで、信 頼関係を結び直していけると考えたのです。

 

井上:実際に地域住民と話をしてみて、どのような反応がありましたか。

 

野村:玄関先で「十勝バスです」と伝えると、7割の人が玄関を開けてくれました。

80年間にわたってバスを運行してきた信頼がまだ残っていたんだと実感しました。

バスの話をすると、バスに乗っていないことを謝る方がほとんどでした。

公共交通機関は町づくりと表裏一体だと言われます。

バス会社が苦しくなることで、自分たちの町によくない影響が出ていると心の底では理解しているのだと分かりました。

そう感じているならば、信頼関係を結び直し、誰もが利用しやすい環境さえ整えれば、バスを利用してくれる可能性が高まるかもしれません。

十勝の皆さまが年に1回でもバスに乗ってくれれば、業績は好転します。

地域の皆さまの声に真摯に向き合い、改善点をあぶり出しました。

 

 

▼お客さまの不安を解消する施策によって、利用者数がアップ

 

井上:バスを利用しやすい環境を整えるため、具体的にはどのようなことをしたのですか。

 

野村:実際に話を聞いて多かったのは、「バスの乗り方が分からない」というものでした。

「バス停があるのは知っているけれど、どこに行くのか分からない」

「料金がいくらなのか知らない」

「バスの扉は2つあるけれど、どこから乗ったらいいのか分からない」

「料金をどこで支払うのか分からない」というような声です。

私たちバス会社の人間は、バスの乗り方を知っている前提でお客さまと接してきたので、このような声が多数あったことに衝撃を受けました。

 

確かに、もし自分が知らない土地へ行ったとしたら、行先が分からないので、バスには乗れません。

分からないという状態は不安につながり、不安はバスの利用を阻害している要因になります。

不安を解消すれば、バスに乗るモチベーションを高めてもらえるかもしれないと考えました。

 

それからは、地域の皆さまのもとへ訪問するとき、バスの乗り方を丁寧に説明してまわることにしました。

皆さまからいただいた声をもとに、バスの乗り方を分かりやすく解説するパンフレットも作成し配布しました。

その甲斐があったのか、乗客が少しずつ増加。

結果が出たことで、社員たちも自信を持つようになっていきました。

ひとつの停留所から始めた営業強化活動は徐々に範囲を広げ、着実に乗客数を増やしていったのです。

 

 

▼お客さまにとって、バスに乗るのは目的ではなく手段

 

井上:他にはどのような施策をされたのでしょうか。

 

野村:お客さまがよく利用するスーパー、病院、市役所などの施設の場所をバスの路線図に写真入りで分かりやすく表記したパンフレットを作成しました。

お客さまにとってバスに乗ることは、目的地へ行くまでの手段にすぎません。

そのことをいつの間にかバス会社の私たちは忘れてしまっていたように思います。

どんなにバスのすばらしさを伝えようとしても、お客さまには興味のないことです。

興味があるのは、行きたい施設へバスが行くのかどうかということだけです。

 

観光で十勝に来たお客さまが多数利用してくれた商品もあります。

バス路線上にある施設の利用と往復のバス運賃をセットにした「日帰り路線バスパック」という商品です。

路線バスの利用によって、その日のスケジュールをお客さまで調整しながら観光することができるので、自由度の高い観光が可能になります。

目的地へ確実に行けるということを伝えることによって、その土地のことを知らなくても、不安を感じることなく利用してもらえるようになったのです。

 

営業強化活動の対象路線数はまだ少なかったにも関わらず、3年間の営業活動の末、十勝バス全体で利用者数が前年比プラス0.5%となりました。

これまでの40年間、利用者数が減り続けていたバス会社がついに利用者数増加に転換したのです。

 

 

▼大きな目標達成のためには、小さく始めて小さな成功体験を積み重ねる

 

井上:実直にバスを利用しない理由を聞いて回り、お客さまの真のニーズを探ることは、簡単そうに思えますが、実際にやってみるとそう簡単にはいかないのかもしれません。

奇跡的な復活を果たした背景には、何か特別な秘策があったのだと思っていましたが、手法自体はとてもシンプルでアナログだったのですね。

 

野村:特別なことは何もしていません。

実直に、シンプルに、非顧客の声を拾いあげて問題を見極め、解決を目指しただけです。

ポイントは、非顧客に顧客でない理由を徹底的に聞き、不安を解消する施策を実行するということです。

そのことが身に付くと、失敗が失敗でなくなります。

うまくいかなかった理由を直接その相手に聞くことで、次に何をしたらいいのかが分かるようになるのです。

そのサイクルをまわしていくと、うまくいかないままにしておくことがありません。

うまくいかなかった要因を潰すことが可能になるのです。

 

ひとつ秘訣があるとするなら、小さく始めるということです。

組織で取り組んでいることですので、大切なのは、社員たちが成功のイメージを持てるかどうかです。

小さく始めると、小さな成功体験をたくさん積み重ねることができます。

大きく始めると、負担が大きくなり、困難さのイメージが先行してしまい、成功イメージを持ちにくいこともあります。

小さな施策の積み重ね、小さな成功の積み重ねがあるからこそ、大きな目標を成し遂げることができるのです。

 

大きな目標の達成を目指すなら、最初の小さな一歩をどこに踏み出すかが肝心です。

無駄をできるだけ省き、本質は何かを見極め、できるだけ小さなアクションに分解してから取り組むことです。

本質に迫っていることであれば、きっとうまくいきます。

その後は結果が出たことを水平展開、垂直展開し広げていくのです。

どうしてもうまくいかなかったとしても、小さく始めていれば、すぐに撤退し軌道修正もできますよ。

 

 

▼地域のメディアに取り上げてもらうことから話題作りを始める

 

井上:十勝バスが成し遂げた全国で初めてとなるバス会社の復活劇は多数のメディアに取り上げられ、話題になりました。

自社の取り組みや商品をマスコミに取り上げてもらいたいと考えている会社はとても多いと思います。

マスコミに取り上げてもらうためには、どのようなことに心がけたらよいのでしょうか。

 

野村:いきなり全国放送や全国紙、全国版の雑誌に取り上げてもらうのは難しいので、地域の新聞などで取り上げてもらうところから始めるべきです。

まずは、地域の記者に何度も記事を書いてもらい、足元を固めましょう。

地方とはいっても、新聞に書かれていることには信頼があります。

「地域で一番」「地域で初めて」などの強みがあれば、そこから全国のマスコミへとつながる道が拓けます。

十勝バスの場合は、バス会社が地域の皆さまの自宅を訪問してまわっていることにニュース性がありました。誰もしていなかったことですから。

 

信憑性のあるメディアで紹介されていることで、お客さまや社会全体からの信頼度は格段に高まります。

周りからの目が変わると、社員のモチベーションがアップし、会社の躍進力となります。

 

 

 

◯対談を終えて

話を聞いていて、自分の会社の商品やサービスであっても、お客さまからの視点が抜けているせいで、強みを的確に把握できていないことが多いのではと思いました。

提供する側の思い込みのせいで、お客さまが本当は何を求めているかを無視していることが多々ありそうです。

「どうして利用してくれないのか?」を聞く勇気を持ち、お客さま目線からの改善が重要なのだと気付かされました。

【聞き手:井上敬一、文:牧田真富果】

 

 

 

ITmedia エグゼクティブより

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この記事を書いた人

株式会社トリムはガラスをリサイクルする特許技術でガラスから人工軽石スーパーソルを製造しています。
世の中のリサイクルやエコに関する最新情報をお届けして参ります。

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