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2011年06月12日

浜の銘酒南会津で復活

東日本大震災で壊滅的被害を受けた福島県浪江町請戸で造られてきた銘酒「磐城壽(いわきことぶき)」が、遠く離れた会津地方で復活を遂げる。

蔵元の鈴木酒造店は津波で酒蔵などが全壊したが、会津若松市の試験場に預けた酒母が残っていたため、専務で杜氏(とうじ)の鈴木大介さん(38)が南会津町で酒造りを再開した。

福島第1原発事故で請戸地区は警戒区域に入っており、当分戻ることはできない。

地元での酒蔵の再建が容易でない中、鈴木さんは南会津町で再出発の一歩を踏み出した。

鈴木酒造店は江戸後期の天保年間(1830~43年)の創業で、「日本一海に近い酒蔵」をアピールしてきた。

海側には高さ約3㍍の防潮堤があり、上れば太平洋を一望できた。
磐城壽は「コメの味が生きた酒らしい酒」が特徴だった。

しかし、津波によって仕込み蔵や貯蔵タンク、瓶詰めした商品、精米所などが全て消え去った。
「海沿いの高さ15㍍の松並木があっという間に倒された」と、鈴木さんは振り返る。
原発事故も重なり、鈴木さんは妻子や両親らと米沢市に避難した。

酒造り復活へ大きな後押しとなったのが、酒蔵独自の山廃酒母。
中に含まれる酵母を分析するため、ことし1月に県ハイテクプラザ会津若松技術センター(会津若松市)に預けたものが冷凍保存されて残っていることが4月に分かった。

「山廃酒母には、酒蔵特有の微生物環境が反映されている。これがあるのは、蔵が残っていることに等しい」と鈴木さん。
酒造りの再開を決意し、家族と離れて単身、親交のあった南会津町の酒造会社に出向いた。

町内の避難所で暮らしながら醸造タンクを借り、5月に磐城壽の純米酒の仕込み作業を始めた。
水は請戸地区とは違うものの、酒米やこうじ菌はこれまでと同じ。
今月下旬に初搾りを行い、7月中旬には出荷する予定だ。

原発事故によって浪江町は人口の半数近くが県外に避難している。
地域の一体感が失われることに危機感を抱く鈴木さんは「南会津町の酒蔵の協力で、いい酒に仕上がりそうだ。この酒を飲んでもらうことで、地元・浪江の絆の復活につなげたい」と話す。
【菅野俊太郎】

河北新報より

投稿者 trim : 2011年06月12日 18:56