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2014年07月06日

マイナー競技アスリート


6年後の東京五輪を見据え、日本オリンピック委員会(JOC)は有望選手の就職活動支援に本腰を入れ始めている。

大会出場の遠征費が工面できず、現役続行をあきらめる有望選手も少なくないためだ。
五輪のメダル量産にはマイナー競技のレベル底上げが必要だが、選手たちを取り巻く環境は厳しい。

これまでJOCは大企業中心に選手の雇用や支援を呼びかけてきたが、今後は中小企業への呼びかけにも乗り出す。


こうした中、マイナー競技の選手を独自に雇用し、勤務体系にも配慮して競技生活を後押しする企業も現れ始めた。
JOC関係者も「東京五輪に向けた心強い動き」と歓迎する。

企業スポーツはバブル崩壊以降、衰退の一途をたどったとされているが、JOCキャリアアカデミー事業ディレクター、八田茂氏は「バレーボールやバスケットボールなどの球技を中心に、チームスポーツの選手は比較的恵まれている」と指摘する。

そのうえで「苦しい状況にあるのは個人競技の選手。月曜から金曜までフルで働きながら競技をやれるのはまれで、アルバイトをしながら自分でスポンサーを見つけたり、親に費用を負担してもらいながら続けている人がほとんどです」と実情を明かす。

フェンシングやカヌー、レスリングなどの競技をはじめ、長距離や駅伝以外の陸上競技の選手の多くが、こうした苦境に陥っているという。

八田氏は「有望視されても、『社会人になってまで親に甘えることはできない』という理由で、大学卒業を機に引退する選手は多い」と悔やむ。

選手たちを金銭的に追い詰めるのは、主に遠征の交通費や宿泊費だ。

冬のスポーツは年間400万円近くかかるが、夏のスポーツでも年間100~200万円程度かかる競技は多い。
安定収入が得られない選手には、こうした費用が重くのしかかり、競技続行をあきらめざるを得なくなる場面もある。

そこでJOCは、企業に選手を積極的に雇用してもらう橋渡しとなる事業「アスリートナビゲーション」(通称「アスナビ」)を始めた。
雇用を通じて、選手の競技生活の安定化をはかるのが狙いだ。

5月27日には、日本経済団体連合会の協力を得た初の説明会を開いた。

この場で竹田恆和JOC会長は「日本のアスリートが世界のアスリートと真剣に戦う姿は、国民、特に若い方々に感動や活力を与える大きな力を持っている。ぜひとも皆さんにご支援いただきたく、心からお願い申し上げます」と熱く協力を呼びかけた。

こうした取り組みの結果、5月末時点で、選手33人(大半が20代前半)が計25社に正社員または契約社員として採用された。

採用した側の企業は、選手たちの練習時間に配慮。
一般社員と同じ月額20万円程度の給与を支払い、遠征費の全額または大半を負担している。

「実業団のチームを維持するのに比べれば、会社側の費用負担は限定的」と八田氏はメリットを強調する。

JOCは、トップクラスの選手たちが集まるナショナルトレーニングセンター(東京都北区)に近い板橋区でも今後、主に中小企業を対象とした就職の説明会を開催する予定だ。

こうしたJOCの支援とは別に、今年度、初めて独自に選手たちを正社員として受け入れて支援に乗り出した会社がある。

大阪市西区の情報通信サービス会社「ミライト・テクノロジーズ」だ。

今年4月、陸上の女子走り高跳びで国内屈指の実力を備えた渡辺有希選手(25)を正社員として迎えた。

渡辺選手は関西大に在学中、日本学生陸上競技対校選手権などで数々の全国優勝を誇る。
卒業後、2年間は国体選手として岐阜県体育協会のスポーツ専門指導員に、さらに昨年度は1年間限定で大阪府豊中市の臨時職員に就いた。

この間、練習時間は確保できたものの、大会出場のための遠征費が家計を圧迫し、競技続行には不安があったという。

応援してもらえる会社を探してアピールを続けた結果、その窮状がスポーツ振興に理解がある同社の幹部の耳に入り、採用が決まった。

採用理由について、児玉結介専務は「若い人に自分を磨く機会を与えることは、企業として大事だ」と話す。
実業団のように単に企業の宣伝、広告を目的とはせず、選手引退後も正社員として働き続けてもらうことを前提に採用した。

勤務時間は午前9時~午後5時(冬場は午後4時まで)。
残業はなく、午後6時半ごろから母校の関西大グラウンドで2時間程度のトレーニングをこなす。
大会前などは、仕事時間を短縮するなどの配慮が約束されている。

そんな支援に応えるように、入社後最初の大会となった5月の静岡国際陸上競技大会では、174センチを跳んで準優勝を果たした。

会社からは幹部も応援に駆けつけ、「2番、惜しかったね。次も応援してるよ」と声をかけてもらったことが何よりうれしかったという。

6月には、福島県で開催された日本陸上競技選手権で、強い雨の中、175センチを飛んで学生以来の全国優勝を果たした。

ただし、女子走り高跳びは海外とのレベルの差が大きく、五輪に出場するには、最低でも190センチは必要だ。

「6年後の東京五輪で世界の選手と戦うために、じっくり記録を伸ばしていきたい」と渡辺選手。
自信たっぷりに抱負を語れるのも、安定した雇用先があってのことだ。

さらにミライト・テクノロジーズは6月、2人目の選手を正社員に迎えた。
渡辺選手と同じ関大出身で、ともに練習に励んできた女子三段跳びの山根愛以選手(25)だ。

6月の日本陸上競技選手権に出場し、3位の好成績をあげたが、実は以前、競技引退も考えていた。

大学卒業後は練習時間を確保するため就職せず、時間の融通が利くアパレル店員や歯科助手など時給900円程度のアルバイトを転々としていた。
実家に住んで生活費は家族の世話になっていたが、年間100万円弱のバイト収入は、すべて大会出場の遠征費に消えていた。

「競技成績が上がるにつれて費用負担もかさんで将来が不安になり、この先は趣味程度にやっていこう」とあきらめかけていた矢先、渡辺さんの紹介でミライト・テクノロジーズへの入社が決まった。

「安心して競技が続けられることがうれしい」と山根選手。
会社が全面的に応援してくれることで、東京五輪という目標も明確に設定することができた。

渡辺、山根両選手が就職で得たのは、費用面だけでない。
八田氏も「社員となったアスリートらが異口同音に口にするのは、会社が応援してくれることの喜び。マイナースポーツでは特に、応援の幟が1本立つだけでも選手にとっては大きな力になります」と話す。

一方、支援する企業側にも、応援を通じて社員の楽しみや一体感が生まれる効果があり、児玉専務は「活躍するほど費用はかかるだろうが、それは会社にとってうれしい悲鳴です」と笑う。

日本の経営者たちに、八田氏は訴えかける。
「アスリートを社員に迎える企業を増やすことは、五輪のメダル数に直結する大事な要素なんです」
【川西健士郎】

産経新聞より

投稿者 trim : 2014年07月06日 20:53